ガンダム展
土曜日に、ガンダム展にいきました。
高浜にある「かわら美術館」というところで開催中のイベントです。
ガンダムというと、わたしにとっては、初代のガンダムのイメージしかなくて、
それ以降の作品は、殆ど見ていないのですが、
ミーハー根性で、覗いてみたワケです。
いつもライブなどでお馴染みの顔ぶれとご一緒したので、
そういう楽しみもいろいろありましたが、
このブログでは、ちょっと真面目に、ガンダム展で見たモノについて
語ってみようかなと思います。
あの頃(わたしが小学校から中学にあがる頃^^;)、
ロボットアニメが少々ワンパターン化してきて、
ヤマトや999のような流れが主流になってきたかなーという時代。
そんな中、突如としてわたしの前に現れた機動戦士ガンダムは、
「ん? これはちょっと今までと違うぞ・・・」
という印象を、わたしに抱かせました。
ヒーローものには、敵が必要です。
闘いがなければ、そのテの物語は始まりません。
現行のアニメや実写でもそうですが、
地球征服だとか、ナントカの宝を奪い合うとか、
現実離れした目的で、そこに存在する敵キャラも多々あるワケです。
でも。
本当は、敵側にもニンゲンとしてのアレコレが、在るのだ・・・という、
そんな当たり前のコトが、そこに描かれていなければ、
伝えられないナニカがある・・・・。
(あ、もちろん、それまでのロボットアニメにも、悲劇の敵キャラは、それなりにはいたんですよ。
コンバトラーVのガルーダくんとか・・・でもそれは、またちょっと意味が違うしねー)
どうして闘わなければならないのか。
どうして命を賭けなければならないのか。
どうして命を奪わなければならないのか。
こんな平和ボケの日本で暮らしていて、実際には対峙する可能性の低い、
これらのクエスチョン。
この武器を使ってみたいから。
スカッとするから。
そいつが邪魔くさいから。
ともすれば、そんなふうに受け止めてしまうような描写だらけの作品だって、
いっぱいいっぱいあるワケです。
そうして、この惑星の違う場所では、いま、こうしている今、
実際に「どうして」って思いながら、銃口と対峙しているダレカがいたりするのに。
どうして闘わなければならないのか。
どうして。どうして。どうして・・・。
そんな問いに、答えはあるのでしょうか。
やっぱりそれは、自分で考えるしかないこと。
ガンダム展で、展示されていたものは、
アニメの原画だとか説明だとか、そんなものではありませんでした。
ガンダムというアニメを見てきたダレカが、その自分の中のイメージや
捉えたものを、それぞれのやり方でカタチにした・・・・そんなアートが主体でした。
壁に貼られた写真パネル。
積み上げられた死体の山を、見つめました。
もしも、この中に、自分の大切なだれかが混ざっていたら?
わたしは、この1つ1つを、どけて、どけて、探すんだろうか?
別の作品の前で、
「あそこ、ピカチュウみたーい」
「あ、あれでしょ?」
なんて笑いながら。
バズーカ筆に、感嘆の声を上げながら。
ニュータイプ検査の結果にはしゃぎながら。
わたしの中のどこかにあるはずの、ガンダムからもらった、ナニカ。
それは、ここには展示されたりしないんだけど、
わたしの歌のどこかに、そっと息づいているんじゃないか、なんて、
ちらっと思ったりしたのでした。
ちらっと・・・・ね。