孤独(ひとりぼっち)
また、悲しい事件が起きてしまいました。
幼い子どもたちが、命を奪われてしまいました。
遺族の気持ちを考えると、本当に言葉もありません。
そして、ニュースで見た、容疑者のあの目も、
ほんの一瞬だけれども、わたしの胸には突き刺さりました。
「孤独」というのは、肉体のコトではなく、精神のコトなんだなあと、
わたしは、考えずにいられません。
彼女に限らず、孤独な育児をしているヒトは、
たくさんたくさんいて、こうしている今も、追いつめられている。
孤独。
それは、「誰もそばにいない」というコトではなくて、
ココロのドアを開けられない・・・・というコトなんだと思うのです。
誰も、責めてなんかいないのに、無視したりなんかしていないのに、
自分が責められている気がするのです。
相手にされていない気がするのです。
誰からも認められていない気がするのです。
だから、ドアを開けるコトが出来ません。
誰の言葉も、ココロまで届きません。
たくさんのヒトに囲まれて、笑っていたとしても、
そのヒトが孤独じゃない・・・・とは、限らない。
そうして、それは、近くにいるヒトからは、
『甘え』だと言われてしまったりもする。
もっと強くなれ、と、叱られてしまったりもする。
ヒトは、一人では生きていけないのに、
群れに馴染めない・・・・というコトは、一人でいるよりも、残酷で。
自分とも戦わなくちゃいけなくて。
みんなと、違っているというコトで、自己主張するのに、そこに自分があるのに、
みんなと、違っているというコトで、自分を否定しなくちゃいけない、矛盾。
でも、それは、みーーーーーんな同じなのにね。
お互いの孤独が見えないのも、お互い様なのにね。
自分だけが、孤独な気がしちゃうんです。どうしても。
「みんなに出来るコトが、どうしてあなたには出来ないの?」
鏡の中の自分を責めた、あの日。
歌うコトは、わたしの自己主張だったなあ・・・・。
わたしに出来るコトを、わたしに思い出させてくれる手段だったなあ・・・。
『これがあるから大丈夫』。
オマジナイみたいに、そう言えるナニカを、持っていたいと思うのです。
そして、我が子にも、そういうナニカを持っていて欲しいと思うのです。
どんなにどんなに、自分がツマンナク思えるときが来ても、
全否定しなくても済むように。
自分を見失わないように。
孤独の中でも。