ばんじさいおーがうまさ!

いろいろあるけどさ、まあなんとかなるっしょ!! なんとかしよーぜ!!

朝がくるまで。

今日は、父の命日でした。

普段、うちは滅多に仏壇に手を合わせたりしません。

大体、父がそういうコトをしないヒトだったんで、そんな父に文句を言われる

すじあいはない・・・というモノですが(苦笑)。

さすがに、今日は、お酒が好きだった父なので、ボジョレーヌーボーなんか

お供えしてみたりしました。

いまごろ、「オレはワインじゃなくて、日本酒かウイスキーの方がよかった」と、

ブツブツ言っているかも知れませんが。

父は、とても呆気なく逝きました。

アルコール依存症で、肝臓を悪くしていたけれども、

それで入院していても、わたしは「お酒断ち」のためなんだと思っていたし、

そんなに悪くなっているとは思っていなかったのです。

そして、病院からはもう退院を勧められていて、自宅療養が無理なら、

アルコール依存症の)専門の病院に行ってもらうしかない・・・と

言われていたくらいで。

けれど、一時帰宅した翌日、急変して、再入院して・・・・

そのまま帰らぬヒトとなりました。

その一時帰宅した夜、母は、父の望むままに、

自宅のお風呂に入れて、ビールを少し飲ませたのですが、

わたしは、そうするコトが父の命を縮めたんじゃないかと、母を責めました。

でも、母は、父が最後になるからって言ったのだと言い張り、

父の願いを叶えてやれて良かった・・・・と言うのでした。

いま、あの日を振り返って、そうだったのかも知れないなあと、

思えるようになりました。

家のお風呂に入りたい。好きなお酒を飲みたい。

そう願いながら、それが叶わずに、病院で生きているより、

父は、その願いを叶えて欲しかったのかも知れないなあって。

晩年の父との関係は、最悪で、わたしはちっとも良い娘ではなかったです。

いつもいつも「あなたを軽蔑しています」と、カオに書いていたし。

本当に、お酒に負けてしまったどうしようもない弱い人間だったと思うけれど、

そんな父の弱さを、わたしは責めるコトなんて出来ないんだなあと思う。

もう今は、認めるしかないんだなあって・・・・思います。

昨日、娘が遊んでいた公園で、自殺騒動があったと言って、

娘は顔色を変えて帰ってきました。

娘の説明では、実際のところはよくわからないし、新聞にものってなかったので、

救急車で搬送されたヒトは、持ち直したのかも知れないし、

状況もなんにも分からないのですが、

昨晩は、なんとなく、ヒトの命って、なんなんだろうなあって久々に考えました。

明けない夜はない・・・と言うけれど、あの父が逝った夜は、とても長く、

このまま永遠に朝は来ないんじゃないかと思いながら、

心電図の波形を見続けていました。

この波が消えたら、父は逝くのだ・・・・・と、思いながら。

あんな夜は、もう来て欲しくない。

当たり前のように、いつもの朝が来て、

「おはよう」と言えば、応える相手がいて、また一日が始まる。

それが永遠に続くんじゃないと分かっていても・・・・。

朝がくるまで。

温かい布団にくるまって、明日を想う。

それが、シアワセなんだと・・・・今夜くらいは思ってみようと思います。